三澤さんのこと

 
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この写真は、2011年の自分の結婚式のものです。

 自分はウェディングをよく撮るフォトグラファーで岩手県盛岡市を中心に、東北で結婚式の撮影をしています。いろいろな人の式をたくさん撮ってきたのですが、いざ自身の結婚式をするというときには、どうしたらいいのかはあまりよくわからなくて、当時はすごく悶々としました。

 そんなとき、名古屋の写真家・三澤武彦さんが書いたブログに行き着いて、そのなかの「三澤夫婦の結婚式」という記事を自分の環境にあてはめてどうするかを決めました。その記事のなかには、三澤さんが自分の結婚式をどうしたかというプロセスが書かれてあって、それが自分たちの考え方にとても近かったのだと思います。

三澤夫婦の結婚式
https://misawanow.exblog.jp/12160314/



 そのころは撮影会社のカメラマンとして、いわゆるブライダル業界に身をおいて仕事をしていたけれど、専門式場やホテルなどで結婚披露宴をしようとは思えなくて、高いお金を払ってまで大きくやる意味がないと考えていました。自分のしている仕事の否定でもあるのですが、正直、そう思っていました。その頃にはもう、自分には両親もいなくて、晴れの姿を見せたいとおもう人がいないと考えていた部分もあります。

 嫁さんの両親が娘のドレス姿を見たいというのでなければ、本当になにも結婚式らしいものをしなかったかもしれません。
友達には、「娘にドレスを着せてあげたいっていう相手の親の気持ちは絶対にかなえてあげなくちゃいけないぞ」と念を押されていて、そうだよなというくらいの考えで、身内だけの小さな挙式と、そのあとの親族での会食という、最小限の形を考えはじめていました。

 それが2011年の2月。三澤さんの「三澤夫婦の結婚式」という記事を読んだのもその頃でした。

 それから3月に東北で大きな地震があって、沿岸に住んでいた従兄弟を津波で2人亡くしました。挙式にも呼ぶつもりで、楽しみだねと言っていた数週間後に二度と会えなくなってしまいました。その後に祖父がなくなり、親戚のなかでも葬式がしばらく続き、結婚式の話は半分考えなくなっていたのですが、まわりの親戚が、葬式ばかり続いていて嫌だからおまえたちの結婚式をやりなさい、という雰囲気になり、ぼくもなにかお祝いごとで身内が集まれればいいなと思って、本格的に結婚式の準備をはじめました。

 だれのために、なぜそうするのかということにはっきりした答えがなければ、やる意味がないと考えていたぼくと嫁さんの出した結論は、嫁さんの両親に娘のドレス姿を見てもらうことと、親戚みんなでお祝いをして悲しいことを乗り越えようという思いを形にすることでした。それが出来さえすれば、見た目は何でもいい。

 お金があまりなかったので、できるだけ小さく。人数は40人くらい集まったので、その規模に見合った市内のホテルの会場を借りました。式っぽいものは、その会場で簡単に。料理はホテルの厨房にお願いしました。ケーキは近所のお菓子屋さんから。会費制にして引き出物はなし。ドレスは友達から借りられるもの1着と、衣装屋さんから1着。これは嫁さんのお姉さんが結婚式のときに2着衣装を着たから、次女にも同じようにしてあげたいという嫁さんの両親の希望に沿って。美容師さんはその衣装屋さんのところから来てもらい、ブーケは嫁さんのお母さんの友人がつくってくれました。写真は、勤めていた撮影会社の方がお祝いに撮ってくれました。こうしたことを、嫁さんと相談しながら、あるいは親戚や友人に助けられながら形にしていきました。

 結婚式を終えて、今までよりも頻繁に、人が結婚式をする意味について考えるようになりました。もっと正確にいえば、人と人との関係性や、家族というものの意味やかたち、そういった人間の本質の部分について自分は何もわかっていないんだなと思うようになりました。
 それと同時に、日本の結婚式や家族の歴史についての本を読んだりしはじめました。三澤さんのまとめた日本の結婚式の歴史に関する考察を、何度も繰り返し読みました。


新・日本の結婚式の歴史
https://www.100nen-shuppan.com/kekkonshikinorekishi

ぼくたちはどこから来たのか? 【日本の結婚写真ウエディングフォトの歴史】
https://misawanow.exblog.jp/21960307/



 三澤さんは、数十年ウェディングの写真撮影をするなかで、日本の婚礼文化の現状や歴史についてずっと考えつづけていて、「もうひとつの結婚式」という撮影を通じて、結婚式の本質を探ることをしています。


 もうひとつの結婚式というのはどういうものかを具体的にいうと、外形的には、いわゆる「前撮り」とか、「自宅着付け」と一般的に認識されているものです。

 前撮りは、結婚式当日のタイトなスケジュールではゆっくり写真をとれないので、自由度の高い撮影環境をつくることと、事前に撮影を済ませる目的と、その他に髪型や衣装のリハーサルをする役割があったりしますが、それ以外にも大きな意味が現代の日本の婚礼文化においてあります。それは、まさに「もうひとつの結婚式」と呼べるものです。

 ウェディングの前撮り風景を見たことがある人のなかには経験したことがあるかもしれませんが、前撮りに参加する人と人の関係性次第で、その時間に多くのドラマや、普段本人たちですら経験することの稀な人間性の表出が生まれることがあります。家族や友人が見学で参加していたりする場合が多いのですが、その他にも何らかの理由で挙式当日に出席できない身内、例えば病院や施設にいるおじいちゃんおばあちゃんに晴れ姿を見せに行きたいという要望があると、そうした前撮りをしている最中に、一般的な式場で行われる結婚式に引けをとらないようなドラマ、幸せな時間・空間が生まれる可能性があります。ぼくも地元・東北での撮影で、何度もそうした瞬間に立ち会ってきました。それは、ときどき撮る方も撮られるほうも撮影を忘れてしまうほど感動的な経験になることもありました。


 また前撮りのほかにも、「自宅着付け」とか、「自宅支度」と呼ばれるものにおいても、同じようなことが起きます。花嫁や花婿がお支度(晴れの衣装に着替えていくプロセス)をしているのを家族や親しい人たちが見守りながら過ごす時間にも、同じような空気が流れていて、たぶん日本のウェディングフォトグラファーの多くはそれを目撃しています。

 前撮りや自宅着付けに共通するのは、産業構造化されてシステマティックになった日本の「結婚式・結婚披露宴」とは距離をおいたところで、緊張の少ない親密な環境のなかで行われる点だと思います。それを、三澤さんは「もうひとつの結婚式」と再定義している。

 そのなかに、もしかしたら現在のブライダル産業のなかで犠牲にされてきた日本の婚礼文化の重要な部分が生きたままあるのではないか。あるいは埋もれている本質的な部分を掘り起こすことができるのではないかという問いかけを、三澤さんはしているのだと思います。

 
 
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 三澤さんから、「伊藤くん、撮りにこない?」ということを言われて、撮影に同行させてもらえたのは貴重な経験になりました。三澤さんの発信してきた写真や文章に触れるうちに、いつしか三澤さんに会って話を聞ききたい、撮影に同行して、この目でどういうことが起こっているのかを確かめたいと思うようになっていたので、声をかけてもらえたのはうれしい反面、緊張しました。でも、実際に現場を一緒したときの感覚は、あまり大げさなものではなく、淡々と、確信をもって仕事をする三澤さんの後ろ姿を見て、なんだか魔法が解けた気持ちになりました。目の前の事実をよく見て状況を把握し、仮説をたてて、それが正しいかどうかを検証している、そんな姿だったからです。自分が東北の地で立ち会ってきた、地元の人たちと同じ営みがそこにあって、それを撮る三澤さんがカメラを向けるものも、そこに生きている人でした。

 それは、花火を見にいったときの高揚感ではなく、冬の暖炉に燃えている薪の火とか、炭火を見ているときの感覚でした。ゆっくりと持続するものが、そこにあると感じました。


  自分を構成する言葉や思考、文化、慣習、美意識のすべては何千年、何万年かけて育まれた地理的・歴史的・文化的要因の蓄積で、だからたぶん、自分たちは日本人という条件からは逃れられないけれど、だからといって問いかけることをやめるように人間はつくられてはいない。変えれないものは受け入れるしかない。でも変えれるものを見出して、自分たちがほしい世界を作ってみたい。


 三澤さんと一緒に過ごして、そんなことを思いました。

 
 
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