結婚式の集合写真で、大切にしていること
結婚式が終わったあと、何度も見返される写真は、どんなものでしょうか。
家族が並び、友人が集まり、その日そこにいた人たちが一枚に収まる集合写真は、そのひとつではないでしょうか。
多くの集合写真には、ひとつの理想があります。
・全員の顔が見えていること。
・全員がこちらを向いていること。
・背景まできれいに整っていること。
もちろん、それは大切なことです。
けれど、何百組もの結婚式を撮る中で、少しずつ違うことを考えるようになりました。
本当に残したいのは、人がきれいに並んだ瞬間ではなく、その場にいた人たちの気持ちがひとつになった瞬間なのではないか、と。
どうしたら、それができるだろう。
いろいろ考えたり試したりするなかで、自分は集合写真の前に、できる限り
「ひとりひとりを撮る」
ことをはじめました。
(ただし、すべての結婚式でそれができるとはおもいませんし、そうすべきともおもっていません。あくまで、ひとつの手段として。)
披露宴が始まる前。
歓談の時間。
料理と料理の間。
少しの合間を見つけては会場を歩きます。
「あなたに写ってほしいです」
そう声をかけ、ひとりひとりと向き合います。
撮った写真をその場で見てもらい、
「ありがとうございます」
と伝えます。
短い時間ですが、その人と私だけの時間が生まれます。
「わたしは、あなたを、撮りたい。」
その気持ちを、言葉だけでは足りないので、態度で伝えます。
その場にいる、赤ちゃんや、耳の遠くなった高齢の方へも。
(お気づきかもしれませんが、技術でもなんでもないです。もっと器用なコミュニケーションがとれたり、懐に入るのがうまい、はやいカメラマンさんは、こうはしません)
そうして迎える集合写真は、不思議なくらい空気が変わります。
そこには「知らないカメラマンに撮られる人たち」はいません。
少しでも言葉や、まなざしを交わした人たちがいます。
笑ってくれる人がいる。
子どもが近づいてきてくれる。
自然と拍手が起きる。
会場全体が、ひとつの輪になる。
その瞬間を撮りたいのです。
私は、遠くから眺める人ではなく、
その時間を一緒に過ごした人でありたい。
だから、あまり脚立に登りません。
高い場所から眺めるよりも、同じ場所に立っていたくて。
三脚を立てて、その場だけで撮り終えることもしません。
撮ったあと、そのまま皆さんの中へ入っていきます。
近づいて。
話して。
笑って。
さまざまな角度から撮ります。
この日の時間を共にした一人として受け入れてもらえたと感じる瞬間があります。
その実感から、「よし、撮れた」とおもえるのです。
この集合写真には、顔が少し隠れている人がいるかもしれません。
目をつぶってしまった人がいるかもしれません。
背景が完璧に整っていないこともあります。
それらを、ないがしろにしている訳ではなく、そういう写真の中にしか残らないものがあることを知っているのです。
これは、正しさや理屈ではありません。
「違う」
何百組もの結婚式を撮り続ける中で、身体で知ってしまった感覚です。
きれいに整った写真と、心が動く写真は、いつも同じではありません。
十年後、二十年後。
この写真を開いたときに思い出すことは、誰がどこに並んでいたかではなく、あの日、どれだけたくさんの人に祝福されていたのか。
どんな笑い声が響いていたのか。
どんな空気に包まれていたのか。
そんなことではないでしょうか。
Wedding Produce : NUE @nue.00000
Hair&Make: 最上ヒロ子 @pinaco_0319
Dressing: 伊藤向子 @chongcoco23
Place: ホテルメトロポリタン盛岡ニューウィング @metropolitanmorioka_wedding