生活写真|写真が生まれる場について
写真が生まれる場とはなにかを考えています。
それは、スタジオやロケ地といった撮影のために用意された空間のことではありません。
人が安心して、その人のままでいられる場のことだと、現時点ではおもっています。
自分のままでいられること。
無理をしなくていいこと。
急がなくていいこと。
評価されなくていいこと。
そうした場の中で、人は少しずつその人らしく、自然なまま過ごせるようになるのではないでしょうか。
会話が生まれ、沈黙があり、時間が流れ、関係がゆっくり形になっていく。
その重なりの中で、写真に写すべきものが静かに現れてくる。
この考え方は、家族写真や結婚写真の意味も少し変えていきます。
家族写真は、きれいに写ることではなく、
一緒に生きている時間を残すことになります。
結婚写真は、整った姿を記録することではなく、
二人がこれから生きていく関係を確かめる時間になります。
そういう写真は、だれかに見せるためのものではなく、
生活の中から生まれ、生活へ戻っていくものになります。
アルバムの中に残り、
スマートフォンの中に残り、
家の中に残り、
記憶の中に残り、
人と人の関係の中に残り続けていきます。
静かにそこにあり、
時間とともに意味を深め、
見る人の中で少しずつ育っていく。
人がありのままでいられるとき、
そこには静かな美しさが現れてきます。
つくり込まれた美しさではなく、
演出された美しさでもなく、
その人がそこにいること自体が、美しさとして感知される。
写真を、その美しさを強調するためではなく、そっと受け取るためにつかう。
人はなぜ、写真をつくったんでしょうか。
写真と一緒に暮らす日々。